「ジャーナリング」という言葉を耳にしたことはあるでしょうか。
近年、メンタルヘルスのケアや自己啓発の文脈で注目を集めていますが、決して目新しい流行の手法ではありません。
ジャーナリングとは、自己の内面を言語化し、文字にして外在化させることで自己客観視を促し、内面の変容を起こす技法です。
頭の中で渦巻く思考や感情を紙に書き出すというシンプルな行為ですが、その歴史は古く、約2000年前のローマ帝国でも行われていました。
誰のためでもなく、自分のために書かれた『自省録』
ジャーナリングの歴史において、最も有名かつ偉大な実践者の一人が、ローマ皇帝でありストア派の哲学者でもあったマルクス・アウレリウスです。
彼の著書として知られる『自省録』は、元々出版や後世に残すことを目的として書かれたものではありませんでした。これは純粋に、彼自身が自分と対話するためにつけた「個人的な日記」の束なのです。
当時のローマ帝国は、度重なる外敵の侵異、国内の反乱、側近や家臣の裏切り、さらには疫病(アントニヌスの疫病)の蔓延など、未曾有の危機に瀕していました。
ローマ帝国の最高権力者として全責任を背負う彼のプレッシャーと孤独は、現代の私たちが想像を絶するものだったはずです。
アウレリウスは、そのような極限状態の中で精神の均衡を保つためにペンを執りました。
ストア派の哲学に基づき、自らを戒め、励まし、感情に飲み込まれないように日々の思考を書き綴ったのです。
ストア派哲学と「認知の再構成」
興味深いのは、『自省録』の中に、現代の心理療法である認知行動療法(CBT)の萌芽とも言えるアプローチが随所に見られる点です。
認知行動療法の重要な技法の一つに「認知の再構成」があります。
これは、人が苦しむのは「出来事」そのもののせいではなく、その出来事をどう捉えるかという「認知(解釈)の歪み」が原因であると考え、より現実的で適応的な思考へと修正していくプロセスです。
『自省録』には、まさにこの「認知の再構成」の痕跡が色濃く残されています。アウレリウスは以下のように書き残しています。
「君が外部の事柄によって苦しむとすれば、君を悩ますのはその事柄そのものではなくして、それに関する君の判断である。そしてその判断は君の意志でたちどころに廃棄することができる。」(『自省録』より
彼は、家臣の裏切りや思い通りにならない政治状況(外部の事柄)に対して怒りや悲しみを覚えたとき、それをそのまま放置しませんでした。
紙に向かい、「これは本当に怒るべきことなのか?」「私の捉え方が間違っているのではないか?」と自問自答し、ストア派の理性的な視点から自分の認知を書き換えていったのです。
外在化による「自己客観視」の力
頭の中だけで考えていると、私たちは感情の渦に巻き込まれ、ネガティブなループから抜け出せなくなることがよくあります。
しかし、アウレリウスのように感情や思考を「文字」にして外部に出力(外在化)すると、それらは自分自身から切り離された「単なる情報」へと変化します。
自分の悩みをまるで他人の悩みであるかのように、少し離れた場所から冷静に観察できるようになるのです。これが自己客観視です。
・言語化・外在化:モヤモヤした感情を言葉にして紙に書き出す。
・自己客観視:書き出した文字を読み返し、自分の思考の癖や歪みに気づく。
・認知の再構成:より理性的で穏やかな視点から、新しい解釈を書き加える。
・内面の変容:心の平穏を取り戻す。
アウレリウスは、戦陣の天幕の中で夜な夜なこのプロセスを繰り返し、自らの心を統治することで、巨大な帝国を統治する活力を維持していました。
現代を生きる私たちにとってのジャーナリング
現代社会に生きる私たちもまた、日々の仕事の重圧、人間関係のトラブル、将来への不安など、多くのストレスに晒されています。ローマ皇帝ほどの権力や責任はなくても、です。
心が重くなる時や感情がコントロールできなくなりそうな時、スマートフォンの画面を閉じて、ノートとペンを用意してみてはいかがでしょうか。
誰に見せるわけでもない、ジャーナリングを行うことは、2000年前のアウレリウスに起きたのと同じように、私たちの心に静寂と強さをもたらしてくれるはずです。