ヴィパッサナー瞑想では、瞑想が終わった後、瞑想の出来不出来を評価するのは重要なことだ。出来が良かったのなら、なぜ良い瞑想ができたのか分析する。出来が悪かった時もなぜ悪かったのか分析する。ただし瞑想の出来が良かったからといってそこで「やった!」と煩悩で喜んだり、出来が悪かった時に煩悩で落ち込んだりしない。あくまで客観的に評価、分析する。
流行りのマインドフルネス(MBSR)では、瞑想の出来不出来を評価、判断しない、と教えるが、これはどうかと思う。これについて生成AIに聞いてみたら、どうやら瞑想の出来不出来に一喜一憂しない、ということであって、集中できたとか、気づきが深かった、などは考えてもいいらしい。これは、明らかに評価、判断しているが、マインドフルネス界隈では、「評価(ジャッジ)」という言葉を極端に避ける傾向がある。そのため、実質的な「評価・分析」を、耳障りの良い別の言葉にすり替えているのが実態だ。