1. 悩み:漠然とした「今日もダメだった」という感覚
Bさんは真面目な会社員です。その日は重要な報告書を書き上げ、会議も3つこなし、大半の業務を終えました。しかし、夕方に送るはずだった「一件のメール」だけが時間の都合で翌日に回ってしまいました。すると帰宅中、「あぁ、今日も結局やりきれなかった。自分はなんて段取りが悪いんだ」と、一日全体のパフォーマンスを低く見積もり、ひどく疲弊してしまいました 。
2. ジャーナリングの実践
Bさんはノートを開き、ジャーナリングサロン サティの教えるジャーナリングの基本である「手を止めずにありのままを書く」を実践しました 。
【実際の書き出し内容(3分間)】
結局あのメール送れなかった。最悪だ。明日一番で送ればいいけど、それじゃ遅い気がする。自分はいつも最後の一押しが足りない。今日一日何してたんだろう。会議が長引いたせい?いや、自分の集中力がないからだ。他の人はもっとスマートにこなしてるはず。あんなに準備した報告書のことも、今はどうでもよく思える。結局終わらなかったことが全てだ。モヤモヤする、本当にモヤモヤする…… 。
3. 客観視と「思考の癖」の発見(メタ認知)
書き終えた後、Bさんはその内容を機械が書いたものを見るように読み返しました 。そこで、自分の中に潜む「拡大解釈」と「過小評価」に気づきました。
① 拡大解釈(一つの落ち度を人生の問題に広げる)
メール一件を送れなかったという事実を、「自分は段取りが悪い」「最後の一押しが足りない(人間性の欠如)」といった大きな問題として捉え直していることに気づきました 。
Bさんのメタ認知: 「ただの『時間切れ』という事実が、頭の中で『能力不足』という大きなレッテルにすり替わっているな」 。
② 過小評価(達成した事実を無価値にする)
大きな報告書を仕上げたことや3つの会議をこなしたというポジティブな事実を、「そんなのどうでもいい」「当たり前」として、存在しないかのように扱っていることに気づきました 。
Bさんのメタ認知: 「10個のうち9個できたのに、残りの1個(メール)のせいで、9個の価値をゼロにしている。これは正当な評価じゃない」 。
4. 変化:自分との間に「距離」が生まれる
ジャーナリングで思考を「可視化」したことで、Bさんは自分の感情にどっぷり浸かっている状態(同一化)から、一歩引いて眺める状態(脱同一化)になりました 。
- 無意識の意識化: 「自分はうまくいかないことばかりを拡大して見る癖がある」と自覚したことで、不必要な自己批判が止まりました 。
- 現実的な解決: 「メールは明日送れば済む話だ」と、問題を現実的なサイズに戻すことができました 。
ポイント: 思考の癖は、放っておくと「自分そのもの」のように感じられます。しかし、ノートに書き出して読み返すと、それは自分ではなく、「脳が勝手にやっている偏った編集作業」に過ぎないことがよくわかります 。