永井陽一朗
ジャーナリングサロン サティ主宰
ジャーナリング講師
ヴィパッサナー瞑想協会(グリーンヒルWeb会)ボランティアスタッフ
実績:よみうりカルチャー八王子、綱島カルチャーセンター等でジャーナリング講座を開講
初めまして。永井陽一朗です。私は発達障害です。20歳の頃から、絶え間なく続くネガティブな反芻思考(ぐるぐる思考)に囚われていました。その思考はリアルで、内容が荒唐無稽なものであっても臨場感が強く、辛く苦しいものでした。心は常に不調をきたし、仕事は長続きせず、ニートと非正規雇用の仕事を繰り返していました。人生に生きがいを見出せず、虚無感と将来への不安に苛まれていました。
興味のあった仏教書を読み、座禅を組むために寺に通ったこともありましたが、難解な書物を理解することも、坐禅の実践を続けることもできませんでした。
瞑想との出会い
人生の転機が訪れたのは、41歳の時でした。長年「理解しなければ」と執着していた仏教の十二縁起という教えを、「理解できなくても、まあ、いっかあ」と手放した瞬間、道が開けました。偶然にも「ゴエンカ氏のヴィパッサナー瞑想入門」という一冊の本に出会い、十二縁起についての長年の疑問が氷解したのです。禅に「放てば手に満てり」という言葉があります。
それからマインドフルネス、ジャーナリング、そしてマインドフルネスの源流であるヴィパッサナー瞑想と出会いました。
ヴィパッサナー瞑想とは、仏教の始祖ブッダが創始した瞑想法のことです。ヴィパッサナー瞑想やヨガ、禅などの要素に科学的な知見を取り入れたマインドフルネスストレス低減法(MBSR)というものがあり、それを元にした瞑想の実践が総称してマインドフルネスと呼ばれています。ジャーナリングは、自分の思考をノートにありのまま書き出し、それを読み返すことで客観視することのできる技法です。
これらの瞑想の実践によって、私の内面は変化していきました。周囲から「明るくなった」「表情が柔らかくなった」と言われるようになり、瞑想によって長年感じていなかった「生きがい」を感じられるようになり、虚無感は全く感じなくなりました。
ジャーナリングによる変化
ヴィパッサナー瞑想、マインドフルネスと並行して実践し、私の内面に大きな変化をもたらしたのが「ジャーナリング(書く瞑想)」でした。
頭に浮かんでくる思考を、ただ、ありのまま紙に書き出し、書き出された思考を読み返すことで客観視する。このジャーナリングの実践によって、自分では気づくことのなかった思考の癖が明らかになりました。それは、人から言われた悪口が事実かどうか延々と検証し続けてしまう思考の癖で、その思考の癖が明らかになると、そのことに対する執着を手放すことができ、今ではそのことについて検証することがほぼ無くなりました。このことでだいぶ心が楽になりましたが、後日、他の様々なことについても延々と検証し続けてしまう思考の癖があること明らかになり、これについてはまだ解決していません。しかし、ジャーナリングが有効で心がだいぶ楽になったことは確かです。
ジャーナリングの実践を続ける中で、様々な効果を体験しました。例えば、瞑想中にサティ(※注1 サティはパーリ語で日本語では「気づき」と訳されます。「今の瞬間の事実に気づくこと」を「サティを入れる」と言います。)が入らず、自分を「情けない」とジャッジし、無意識に責めていたことが、ジャーナリングの実践によって明らかになり、「サティ入らなくても、まあ、いっかあ」と受け入れられ、ありのままの自分を受け入れる「自己受容」が生まれました。
ネガティブな反芻思考(ぐるぐる思考)に囚われ、苦しむことはまだありますが、ヴィパッサナー瞑想やジャーナリングを始める前と違うのは、心の深いところでしっかりと安定した土台ができたことです。
虚無感が消え失せ、苦しみが大きく和らいだ私は、瞑想に関連した仕事をしたいと思いました。ジャーナリングなら人に教えることができると考え、「ジャーナリングサロン サティ」を立ち上げ、ジャーナリング講師という肩書きで、スキルマーケットのサイトでジャーナリング講座を提供しました。これが私のジャーナリング講師としての活動の始まりでした。
やがて、よみうりカルチャー八王子や綱島カルチャーセンターといった大手カルチャーセンターでもジャーナリング講座を開催するようになり、より多くの方にジャーナリングを伝える機会に恵まれました。
メッセージ
私の内面や人生を変えたジャーナリングを苦しみを抱える人に届けたい。その思いから「ジャーナリングサロン サティ」の活動を行い、ジャーナリング講座を開講しています。ジャーナリングによって無意識の意識化や自己理解の深まりを体験し、自分を苦しめている思考の癖や思い込みを手放す。苦しみから抜け出し、気持ちを楽にする。私のジャーナリング講座がその一助となればこの上ない喜びです。