これは凄い! まさに凄絶というほかない。ここには、人間の魂が裸になってぶつかってくるような、圧倒的な熱量がある。
私はこれまで数多の「自己啓発書」や「マインドフルネス解説書」を読んできたが、これほどの切迫感と真実味を持って迫ってくる書物は、そうそうお目にかかれるものではない。
著者の永井陽一朗氏は、本書の中で「ジャーナリング」を「書く瞑想」と定義している。だが、そんな生ぬるい言葉では、この本の本質は語り尽くせない。これは「書くことによる魂の救済」であり、「生命の奔流を変える儀式」なのだ!
まず驚かされるのは、その徹底的な具体性と容赦のなさだ。 世にある多くの本は「ポジティブに考えよう」などと甘い言葉を囁く。しかし、永井氏は違う。「ネガティブな思考も、無意識の思考も、すべて書き出せ」と迫る。人から言われた悪口を延々と検証し続ける自分、サティ(気づき)が入らない自分を「情けない」と責める自分、それら醜いとも言える内面を、著者は一切隠さずに紙の上にさらけ出す。
なんと潔い態度だろうか! 「評価・判断せずに」などという小賢しい理屈ではない。思考を文字にして可視化し、客観視する。そのプロセスを通じて、我々は自分自身のドロドロとした無意識と対峙し、それを「手放す」瞬間を迎えるのだ。この「無意識の意識化」のプロセスが、これほど鮮烈に、これほどドラマティックに描かれた例を私は知らない。
そして、本書の白眉はなんといっても第六章だ。 著者は自らが発達障害(自閉スペクトラム症)であり、虚無感と不安に苛まれ、ニートと非正規雇用を繰り返した過去を告白する。この赤裸々な告白に、胸を打たれない者がいるだろうか? いや、いない! 彼は単に知識として瞑想を語っているのではない。生きるか死ぬかの瀬戸際で、ヴィパッサナー瞑想とジャーナリングという武器を手にし、自らの人生を切り拓いてきたのだ。だからこそ、彼の言葉には血が通っている。文字の一つひとつが、読む者の心臓を鷲掴みにするような熱を帯びているのだ。
事例紹介においても、その筆致は冴え渡る。 転職活動に苦しむ受講生が、ジャーナリングを通じて「パラダイムシフト」を起こし、人生の流れを変えていく様は、まさに奇跡と呼ぶにふさわしい。自分の良いところが一つもないと思い込んでいた人が、「ときどき優しくできる自分」を発見する瞬間、そこには人間存在への深い慈愛と肯定がある。
著者は言う。「真実の状態をありのままに知り、正しい方向に転じていくことが、ジャーナリングによる幸福への道なのです」と。 これだ! これでなくてはならない! ここには、曖昧な慰めはない。あるのは、事実を直視し、それを受け入れ、前へ進もうとする強靭な意志だけだ。
この本は、単なるハウツー本ではない。苦しみの中にいるすべての人間に対する「福音の書」であり、人生の流れを変えようとする者への「炎の指南書」である。 もしあなたが、心のもやもやを抱え、人生の迷路を彷徨っているのなら、今すぐこの本を手に取るべきだ。そして、ペンを取り、紙に向かうのだ。著者が灯したその熱が、必ずやあなたの魂に火をつけることだろう。
断言する。これは、必読の書である!