ジャーナリングの定義はない。ジャーナリングには様々な技法がある。
・フリーライティング
・マインドフルネスジャーナリング
・モーニングページ
・書く瞑想
・エクスプレッシブライティング
これら全てジャーナリングと呼ばれる。「エクスプレッシブライティングはジャーナリングの元となったもので、ジャーナリングとは違う」という人もいる。バレット・ジャーナルのこともジャーナリングと呼んでいる人もいる。ジャーナリングを「書く瞑想」と呼んでそのやり方を説明する書物やWebサイトもあるが、説明する人によってその内容は異なる。「ジャーナリングと日記は違う」という人もいる。生成AIによれば「狭義の意味でのジャーナリングに日記は含まれないが、広義の意味のジャーナリングには日記も含まれる」と言う。「ジャーナリング」という言葉に明確な定義はない。
2026年1月現在の日本で広まっている「書く瞑想」はマインドフルネスジャーナリングやエクスプレッシブライティングやフリーライティング、認知行動療法のコラム法といったものをブレンドさせたものである。
私が説明している「書く瞑想」もこれらの要素をブレンドしたハイブリッドのもので、広義の意味でのヴィパッサナー瞑想、つまり清浄道の「心の反応系の修行」である。
我々の心は外界からの刺激を受け、快であるという感受作用、不快であるという感受作用、そのどちらでもない感受作用のいずれかの感受作用を起こし、快には、欲で反応してしまいがちで、不快には嫌悪で反応してしまいがちである。その反応パターン、反応プログラムを煩悩で反応しないよう、綺麗なものに書き換えていくことが「心の反応系の修行」である。
サティ(気づき)を入れることによって反応しない、あるいは反応してもその反応は断ち切られる。ヴィパッサナー瞑想の修行は、サティの修行と心の反応系の修行に大別される。「ジャーナリングサロン サティ」では、ヴィパッサナー瞑想の「心の反応系の修行」としての「ジャーナリング(書く瞑想)」を伝えている。